言葉にすることとわたし

15-331力加減と良い塩梅。

(歩調を合わせるということ。

「誰の目から見ても、筋の通った正しさであったとしても、

それを貫くことが良いわけでは無い。」

”逃げ場が無くなる。”

6、7年前にも指摘されたこと。

こういう部分が自分にとてもよく似た人に出会った時、

ああ、そうか、息苦しいのか。こういうことなのだろうな、と納得。

仕事をする上で、とても憧れていたし、

わたしは好きだったのだけれど、

もうすこしプライベートに寄ってみたらどうだろう?

そう考えると、思い切り距離を置くだろうなあと。

そういう、息苦しさだ。

結局、「その人自身」ではなく、

わたしが好きだったのは、その人の「仕事に対する姿勢」だけだったのかもしれない。

”正論は、優しくない。”

わたしもそう思う。

でも正論は好きか?と聞かれると、

どうもわたしはそうではないようで。

ここにジレンマがあるのだろうなあ。

言葉は生ものだ。

どうしたら真意が柔らかく相手に伝わるんだろう?と、

考えながら言葉にする日々なのだけど、

その場で言葉にするのが本当に苦手。

どうしても時間がかかってしまうのは今も相変わらずです。

そして思い切り体力を消耗するので、

喋るのが億劫になることも多々あります。(秘儀・わたしは貝になる。が、よく発動される(笑)

それでも、あきらめずに取り組むけれど。

世界は色んな人で成り立っていて、

周囲の空気やタイミング、性格や能力etcも本当に様々。

わたしも、歩調を合わせてもらっている。

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